しゃぼんだま





部屋の窓に背を預け、本を読んでいた。
この前、本屋で一目ぼれした恋愛小説はとても綺麗な文章で恋を描く
江戸時代の役人の娘と商人の息子。
次男、次女の自由な恋を描いたその文章は甘く、切ないというよりは微かに、香るという感じだった。


しゃーぼんだまとんだ

屋根まで飛んだ


近くの公園と呼ぶほど大きくない広場から子供の声が聞こえる
風に乗って声はシャボンのように耳に届いた。


屋根まで飛んで

壊れてきえた


その切ない歌はまるで片恋だ。
風にさらわれたシャボンは空と云う恋人の前で壊れて消えた。
あぁ、せつない。
まるで自分のようだ。なんて洒落を思いながら、それを伝える相手もいないことに胸を痛めた。


先ほど、忙しい彼はふらっと外へ出て行った。
それが悲しい訳ではない。
正直、急に一人暮らしを始めた自分の家に押しかけてこられて迷惑だったのだから、
ふらっとであろうが急いでであろうが出て行ってくれた事はありがたい。
ただ、去り際に彼が一言放った「じゃあ後で」の一言に自分は踊らされているのだ。


俺だって暇なわけじゃない。
珍しい休日に一目ぼれしたっきり手をつけていなかった本を読もうと思って本を開いたのだって一週間前から決めていた事だ。
それをあの男はズケズケと部屋へ上がりこみ、開いた本を閉じさせ、犬が擦り寄るように甘えてきて、
甘えたついでにベッドへもつれ込もうとした。
乗り気じゃなかった訳ではない。でも本を読みたかった。
別に田口じゃないけど、なんだかそれに集中したくなった。
そしたらすっかり拗ねてしまった帰国子女は親友や友人に片っ端からメールを送った。
多分、暇だ。とでも送ったのだろう。


しばらくして返ってきたメールに独特のニヤリを浮かべ、奴はふらっと家を出て行った。
ゆっくり、本を読もうと美しい文章を奏でる恋愛小説に目を向けても、どこか集中できない。
先ほどから外の子供の声や車の音、犬の鳴き声に反応してしまう。
奴のバイクか車の音はないだろうか、そんな事を必死で考えている。
奴の足音ではないだろうか、と微かに聞こえる足音が何所を歩いているのか辿る。
なんともこの恋愛小説の商人の次男坊に恋をする役人の次女の様だ。


奴はおそらく俺をよく知っている。
普通の意味の知っているではなく、気付いているの意味だ。
シャボンの様な気分屋の奴とそれをひたすら待つ俺。
そんな関係図ではないだろうか。


奴は俺が見えない位置にいると不安がるのを知っている。
だから相手にされない日はふらっと俺の前から姿を消す
そして軽く奴は帰ってくる。
俺は不安が安心に変わり、奴を簡単に受け入れてしまう。
なんとも簡単な駆け引き。

でも、それでも、俺は毎日不安だ。


奴のシャボンのような気持ちがパチンッと音を立てて崩れる事が、


何年たっても怖いのだ。

















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一応AK。
独白ですね。